4月8日:ナイロビのスラム街、キベラ。

こんにちは!

昨日は朝5時半に起きて早朝からナイロビ国立公園にいってきました。先週もお世話になった映像コーディネーターの石川さんに連れて行っていただき、Canonのなが〜い望遠レンズをお借りして意気揚々と動物の撮影に挑んだのですが。

シマウマとかライオンとか見れるはずだったんですけど…

キリンだらけ。

キリンばっかりでした。

でもキリン好きなので良かったです。

その他には

ほろほろ鳥

なんとか猿

バッファロー、など。

 

で。まあ、そのあと象の孤児院にいったりして、そこのことも色々と書きたいところなんですが、、、午後に訪問した”キベラ”というスラムがあまりに衝撃的だったのでそれについて書こうかなあと思います。

 

***

ケニアの首都ナイロビの市街地に突然現れるトタン屋根の平屋が並んだスラム街、キベラ。

 

スーダンの言葉で”森”を意味するこのキベラではナイロビの推定人口400万人のうち、4分の1、100万人がひしめき合って暮らしています。

 

アフリカ最大、最貧のスラム街。

 

驚くことに、このキベラの失業率は70%を超え、多くの住民たちが物乞いをしたりゴミを漁ったりしながら日々食べるものを探している状態です。

そんなキベラで10年以上ストリートキッズたちのお世話をしている石川さんに連れられ、僕もキベラに足を踏み入れることになりました。

 

ただし、治安上の懸念から、2名のボディガードを雇いました。後にも先にも、ボディガードを雇ってどこかへいく、なんてことはないと思います。

 

 

キベラの印象は、とにかく、臭い。汚い。ゴミだらけ。

ゴミと汚水だらけで足の踏み場もなく、どう考えても人が住める環境ではないなと思いました。

 

そんなキベラで石川さんは10年以上、歌の教室という形で毎週土曜、子どもたちを集め、歌を教え、給食を配ってきました。

この日も大盛況の教室は150名を越えるであろう子どもたちで溢れていました。

楽しそうに歌を歌う子どもたち。お腹から声を出して歌うと気分も晴れやかになりますよね。

歌の教室が終わって、給食の時間。学年が上のお姉さんたちが配膳をし、小さい子の手を洗ってあげ、列に並ばせ、みなお行儀よく給食を食べていました。

 

この光景だけを見ると、僕が今まで見たことのあるスラムのように、

「貧乏だけど、助け合って、それなりに楽しくやっている。」

なんて安易な感想言ってしまいそうになるのですが、実際そうはいかないのですね。

 

100万人という規模の中で、極度の貧困、ストリートチルドレンたちに蔓延するシンナー吸引、HIV-エイズ、挙げればキリがない。

そして深刻なのが、暴力犯罪。

 

僕がもう少しキベラの映像を撮ろうと、この音楽教室を行っている施設から一歩外に踏み出そうとした瞬間、

「ここから一人で外に出るのは絶対にダメだ。危険だ。」

と石川さんがいったその一言が印象に残っています。

 

実際に十数年ここキベラで支援活動を行っていた日本人女性が先日武装強盗に教われる事件が発生したそうです。

助けたい、救いたい、伝えたい、そんな気持ちは窮地に生きる人間にとっては、全く無意味なのです。

 

***

昨日、キベラで育ったある一人の青年に会い、彼の話を石川さんからお伺いすることができたので、彼の半生をここに記してみたいと思います。

彼の名はレミー。初めて見たときは僕より4〜5歳下かなと思ったのですが、1990年6月生まれ、ということで僕と同じ歳でした。

 

レミー、21歳。

 

レミーと石川さんが出会ったのが、彼が何歳のときなのかはわからないのですが、彼と石川さんが出会ったとき、彼はストリートチルドレンで、ひどいシンナー中毒でした。手が震えて字が書けないほど重度の中毒で、小学校も3年でドロップアウト。物乞いやゴミ漁りをしながら日銭を稼ぐ、典型的な”落ちこぼれ”のスラムの少年でした。

 

そんな彼も石川さんと出会い、音楽教室に通うようになり、少しずつシンナー中毒から回復して行きました。幼い頃から母子家庭で育ち、物乞いをし、道行く人々に邪険に扱われ、毎晩トラクターの下に寝床をとり、深い孤独のなかで生きてきたレミーには頼れる大人など一人もいなかった。

 

その中で、石川さんと出会い悩みを打ち明け、少しずつ他人に心を開いて行ったレミーは、一大決心をして小学校の4年生からもう一度通い直すことになりました。このとき、レミーは18歳。

 

レミーは順調に自らの人生を取り戻していっているように見えました。しかしこのときの小学校の教師が少々やっかいな人間でした。

 

生徒たちにお金をせびる。お金を献上しない生徒には成績をあげない、無視をする、といった仕打ちを取る。公務員に適切な給与が支払われない途上国ではよくある話です。

 

当然、レミーにはそんなお金はない。だから払えない。18歳小学4年生という立場と相まって、教師から不当な扱いを受けるようになっていきました。

そんなある日、レミーにとって決定的な事件が起きました。

 

教師が出した「あなたのお父さんについて作文を書きなさい」という課題。

 

レミーは困り果てました。なぜならレミーの父は殺人犯だったからです。レミーの父は言い争いの末、弟を刺し殺し、服役していたのです。

 

教師はその事情を知っていました。知った上で、その課題を出していました。

 

レミーは弱り果てて、教師に相談しに行きました。書けません、と。すると教師は教室内で、大声で彼の父が殺人犯であることを暴露。完全に教室内での居場所を失いました。

 

レミーに罵声を浴びせる生徒たち。とはいってもレミーはこのとき19歳。11歳の小学生たちに少し手をだせば、力の差は歴然。彼に対しての罵声はやまず、思わず小学生に対して手を上げてしまう。すると今度はその生徒たちの親が猛烈に反発をする。「キベラ上がりの子なんかを小学校に入れるな。」

 

とうとうレミーは小学校を修了することなく、次の居場所を探すことになりました。

 

一度取り戻しかけた自らの人生、石川さんは親身になって彼の次の居場所を一緒に探しました。そして探しに探しまわって見つけたのが、家具職人の専門学校でした。

 

しかしそのようやく見つけた居場所である寮制の専門学校でさえも、心に深く傷を負ってしまったレミーは、1年経った今年の春から通わなくなってしまいました。

 

レミーが通わなくなってしまった理由には、21年の人生で負った心の傷の他にも、大好きな母親にどうにか食べるものを与えたい、という気持ちもありました。食べ物を与えるためにはストリートにでて、物乞いで日銭を稼ぐしかない。彼は母親に内緒で学校に通わなくなっていたのです。

 

 

昨日はそんなレミーが母親の説得の下、学校のキャンパスに戻った日でした。

 

***

 

そうした一連の話を聞き、僕は深い悲しみと哀れみを感じました。

 

同じ21歳。それでも生まれた環境によってここまで人生が変わってしまうものなのだという強烈な実感に襲われました。

 

「自分は恵まれた環境に生まれた人間である」というよく聞く言葉の意味が初めて実感を伴って理解できた日でした。

 

ナイロビというのは、本当に不思議な街です。

 

先進国の様に綺麗に整備された町並みに突如して現れるサファリと野生動物たち、突如として現れるスラムと貧困にあえぐ人々。蔓延するHIVときわめて高い失業率。

一部の人間が享受する豊かさと一部の人間が強制される貧しさ。

太古から続く野生のナイロビと、めざましい発展を遂げる都市としてのナイロビ。

 

すべての光景が僕の頭を混乱させ、このナイロビという街をいかに形容すればいいのか、皆目検討がつきません。

 

***

 

この街も当然これから変わっていきます。

人口も爆発的な増加を見せ、経済も右肩上がりの状態を維持しています。

このナイロビという街は、はたしてどのように収束していくのか、それともこの理解しがたい”アンバランスさ”の中で拡大し続けるのか。

善くも悪くも、このナイロビという街はこの旅程の中で最も心の刻まれた風景のひとつになりました。

 

あと2日、特にやることもないのですが、この街の空気をもう少し吸ってから次の場所へ進みたいと思いました。

 

以上です。

読んでいただきありがとうございました…。

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4月8日:ナイロビのスラム街、キベラ。」への4件のフィードバック

  1. 白川紘樹 の発言:

    すごいところに行ってきたんですね。
    スラムの人々の人生が頭に流れ込んでくるようないい文章でした。
    引き続きがんばってください!

  2. Shumpei Shigeta の発言:

    本当に一度訪れただけでわかったようなレポート書いておこがましいとは思うんだけど…強烈だったわ。ぜひSALのメンバーもいずれはアフリカまで活動の足を伸ばしてほしいと思います。はい。

  3. 横山 秀 の発言:

    お久しぶり!すごく考えさせられるね・・・・。
    最近アフリカのことやたら考えてます。俺もいつか行きたいわ。
    でも実際なかなか行ける所でもないので、
    世界一周の体験をこうやって詳細にシェアしてくれる重田には感謝です。

    そういや最近外語大でUFPFFの運営に関わってるという人に会って、
    CROSS ROADのことめっちゃ褒めてました。一応報告しときます 笑

  4. Shumpei Shigeta の発言:

    久しぶり!僕もこうやってちょっとでも書くことで日々記憶をつなぎ止めている感じです。

    CROSS ROAD、覚えていてもらえて嬉しいね。またあんな風に楽しく映画が作りたい!

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